おぼえていルよ。
おまえたちが、ほえ去った後も。
忘れるもんか。
おぼえていルよ
あんなに翠く透き通って
岬のほとりで まごついて
ほとほと、見上げてきた
むじゃきなおまえのあの顔を。
若やかな魚(ウオ)が
元気に跳ねる勢いに
くすぐったそうに ちゃぷちゃぷと
身をよじり笑ったあの顔を(日々のことを)
たしかにわたしは
おぼえていルよ
ああいう顔のままでずっと、
お前はいては、くれなかったんだなあ
ソコツワタツミ、
ナカツワタツミ、
ウワツワタツミ、
おおわたつみの、こどもらよ
三月、 十一、日。
みるみるうちに、にこごって。
墨のように、真っ黒になって。
何度も、何度も、何度でも、
打ち寄せ、引きずり、ほえ去ったお前。
やさしく、たなごころで包み込んで、
慈しんでたのじゃ、なかったのか
おまえが大事にしていた
あの若やかな魚(ウオ)たちは
いまは瓦礫のかたわらで、グズリ。
口を開けて転がっている
嫌いになった!
お前なんぞ。
お前の心底を 見たんだもの
ヘドロの色をしてただろう。
俺は見たぞ。みんな見たぞ。
嫌いになった。そのはずだ。
しかし、
なぎなみ あわなみ しらなみの
こころをあらう さやけさが
耳をすますと ふと、ほろり。
今も、耳をあらうので。
いり江からのぞく月かげに
照りかがやいた あわしおが
今も、ゆらり。浮かぶので。
嫌いになった、はずなんだ・・・・・・
きっと、嫌いになった、はずなんだ・・・・・・
いったい
なんて 名前だったかしらん。
いつもこんな、ささくれだった
ものさびしいところに、
咲くヤツだ
いつの間にか芽吹いて。
にこにこと。
風だろうが。
雨だろうが。
霜のハル日々だろうが。
にこにこ。
奥歯の奥で食いしばり
がんとして、
なんとしても。
意地のように、咲くのだった。
あれはいったい
なんて 名前だったかしらん。
(やめてください、やめてください、あの波濤のきおくがまだのこ
っているのです、この荒地に広がるさびしさを、まだ、まだ、お
おわないで)
いつの間にか、芽を出しているのだった。
そこにも。
ここにも。
あそこにも。
みえるか、な。
かおる、かな。
沁みそうだ。聞いた通り。
波濤(はとう)のウデも海嘯(かいしょう)のコエも、
手を出せなかったんだろナ。
(がんばろう、まけない、そういうけれども、われわれはまずこの
こごえそうなあめかぜをふせがなきゃならないんだ、暑さと瓦礫
をなんとかしなきゃならない、なのにいったいなにをがんばれと
いうんです、どうすればよいんです)
いったい
なんて なまえだったかしらん。
いつもこんな、ささくれだった
ものがなしいところに、咲くヤツだから
ゆかしい色と
あかるい色と
いろんな色があるのだナ。
(そんなモノ、今はまだみたくない、咲かせたくない、つめたい雨
にうたれていたい、つめたい海に流されたヒトをおもわずにいら
れない、なのにいったいどうして )
咲くのだった、な。
咲くまいと。咲かせまいと。
人があきらめそうなところでも。
人がいやがるところでも。
気が付くと、がんとして、根を張って、
いずれ、ささくれだった地をおおって、
寂しさの上に咲きにおう。
このなまえを、
いったいなんて、いったかしらん。
すきなんです。
なんてことない まあるい
お鉢のような 山ですけれど
瑞西(スイス)のアイガーみたいな
きりっとした りりしさのない
ゆったり ゆったりした お山ですけど
良いんです それが 良いんです
くびまで緑にうずもれて ふうふう息をはく
夏のさなかの ほのかな姿が
しみるように うれしいのです。
すきなんです。
のったり ながれる あの川が
亜米利加(アメリカ)のコロラドみたいな
堂々とした せいかんさのない
のんびり のんびりした 川ですけど
良いんです それが 良いんです
小さなおふねをそっと 浮かべて
うすべに色の 花弁とともに
大事に 大事に 運んでいく
春の日暮れの ほのかな姿が
しみるように やさしいんです
いわてやま きたかみがわ
いわてやま きたかみがわ
ゆったり やさしい 姿にそって
暮らしたひとの やすらぎを
思い返せば そのたびに、
かなしくて。