時折ぼくは太古の風を見ることがある
なつかしい生命( いのち )のふるさとに吹く息吹
ぼくの心霊( こころ )ののなかに
かすかに記憶されているジュラ紀の風だ
一億数千万年前の遥かな昔
羊歯やソテツの緑が大地を潤し
空には始祖鳥が舞い
海中にはアンモナイトが棲息し
地上では恐竜たちが悠然とのし歩いていた
生命が最も輝いていた元始の時代
この光景こそ、漠然と捜し求めていた生命の
ふるさとであると心に決めた
ヒトはその頃 何処に居たのか?・・・
・・・居なかった!
そう、存在しなかったのだ
一粒の粒子に過ぎなかった
なんという本質
なんという原点
粒子の記憶だとでも言うのだろうか
・・・ビッグ・バン
一四〇億光年の遥かな天体
秒速数十万キロメートルの速さで
今も膨張し続ける宇宙の果て
そして星の寿命
五〇億年後 地球は膨張した太陽の中に融けるだろう
その前に全てのいのちは尽きる
時折ぼくは太古の風の音を聴くことがある
母なる地球 母なる宇宙の生命の鼓動だ
ぼくはそっと耳を澄まし
なつかしさに涙ぐむ
そして風の中に同化する
一個のぼくは消え
ぼく自身が宇宙になる
愁( かなし )みもなく 寂寥もなく
無窮の宇宙だけが存在する
無の中に在るものは、ただ慈愛
一粒の粒子と化した時
だからぼくは許せる
人間の全ての業( カルマ )
一粒の粒子に
なんの欲望と憎悪があろうか
ジュラの風を感じると
だからぼくは安堵する
無心になって 風のなかにぼくを委ねる
その時ぼくは消滅し ぼく自身が宇宙になる
無の中に在るものは ただ慈愛・・・
風吹け
やさしく なつかしく吹け
ジュラの風
長い白壁の廊下を渡る
五月の爽やかな風
ぼくにはすぐわかったよ
あなたはジュラ
ジュラ紀の風だ
一億年の時空を超えて
今あなたが私に逢いにきたのだ
ほら、透き通るレースのカーテンを波打たせ
やさしく誘う可愛いしぐさ
眠り薬をまきちらして
あなたはぼくを虜にする
ひなびた長椅子にもたれて
ぼくは順番を待っていた
頭上では立ち話のご婦人方の声がする
・・・そう、まだお若いのに・・・
おかわいそうに・・・
おしゃべりは際限なく続いているのだけど
子守唄を聴いているみたいに
ぼくは眠くなるばかりです
ジュラ
やさしい恋びと
あなたの息吹を感じだすと
ぼくはもうなつかしさでいっぱいで
ほかのことはどうでもよくなるのです
やっとぼくは生き返って
あなたのぬくもりのなかで
安心して眠くなるばかりです
ふしぎなジュラ
ぼくの恋びと
その眼差に魅入られ
その頬に接吻( くちづけ )して
その白いうなじに息をかけて
その耳朶をきりりと噛みたい――
森に差し込む夏の陽射や
渓谷を渡るせきれいの影
あるいは絶え間ない滝の音
けものみちににおう草いきれ
寝ころんで見上げる星月夜
からみつく涼風
なにもかも一切が重なり
一切がなつかしく
一切が私自身であるかの如く思い
そのすべてを身にまとい
春も夏も、秋も冬も
浪々と幻影の闇の中を歩みゆく
その心のなかに
ひとつの影が微笑( ほほえ )みかける
あゝ
私を涙ぐませるひとよ
あなたの眼差に魅入られ
その頬に接吻( くちづけ )して
その白いうなじに息をかけて
その耳朶をきりりと噛みたい――
この幻影にしていばらの道は
ただその為にのみ続いてゆくのか
まぼろしにして永遠なるひと
永遠にして不滅なるもの
ただ、ただ
そのやさしい胸に抱かれて
なつかしさに涙ぐむため