高畑耕治『死と生の交わり』


鎮魂歌
  救済のための祈り 同反歌


鎮魂歌


僕は、僕は世界です。僕は虚無を漂う、分子・原子……なのです。ある一瞬、ある受精の瞬間、僕は生まれました。ひとつのちっぽけな受精卵、それが僕でした。母の子宮、海のゆりかごにまどろんでいた僕は、そのときから世界です。
 僕の母・卵子も、父・精子も、やはり世界、分子・原子……でした。
 僕は知っています。
 卵子となり、やがて僕となり、いまも僕をくすぐる原子たちは、母に食べられ吸われとりこまれ母のからだに宿るまえ、青く澄みわたる大気に遍在し、森の樹木・小川の水・燃えさかる炎・波にくだかれた岩・畑の土・降りつもる雪・モンシロチョウやカブト虫・泳ぎはねる魚たち・小鳥・ライオン・犬・ゴキブリ……あらゆる生物、あらゆる姿をしてたこと。
 精子となって卵子をつかまえ、いまも僕のうちでやすらぐ原子たちも、気ままに世界を旅してたことを。
 僕が構成された瞬間からも、今日まで入れかわり立ちかわり原子たちは駆けめぐり、<僕>という幻像を形づくってきました。
 <僕>は瞬間ごとに崩壊し、世界をうけいれ世界と溶けあう<場>、世界が風のように吹きぬけ小川のように流れさり雨となって降りそそぐ、過去と未来が交錯する<場>なのです。
 だから<僕>は世界だし、世界は<僕>をぬけだしやすらい<僕>を目にして絶えず待機しています・・・・・・



救済のための祈り

風と水の流れを飲みほし匂いを吸いとり動植物を噛み砕いては
<僕>のうちにとりこむ
<僕>は食べる食う……そして
それらは<僕>となるのだから
それらが<僕>をとりこむのだから 
<僕>は<僕>を食べるのだ
<僕>の過去が未来を食うのだから
<僕>が<僕>を食べるのだから
<僕>は分解され消えていくのだから
<僕>もまた食べられ何かに生まれかわるのだから……

 赦してください
 悲しまなくても苦しまなくてもいい そう言ってください

<僕>は<僕>が食べたものであるのだから
<僕>が食べたものが新に形づくった<僕>が
また他の生物を食べてしまっても
それらがまた<僕>となるのだから
<僕>は世界なのだから
<僕>が苦しめたものがつぎの<僕>になり<僕>を奪うのだから

 樹も 動物たちも
 流されつづける人間の血 傷つき剥ぎとられ焼き焦がされた人間の肉塊も
 僕を 赦してください

あなたたちも<僕>なのかもしれない
<僕>もやがて取り壊され あなたたちとともに
新しい幻像をもとめさまよう 分子・原子……にすぎないから



同反歌

わたしが解体し 分子・原子……として<世界>に遍在するとき
わたしが消えさると希い わたしはいなくなると信じることは わたしを慰める けれど
だからわたしを赦してほしいなどと 傲慢にうそぶくな
わたしが殺し食いわたしにした動植物を再び世界に解き放つなどと
傲慢にうそぶくな
わたしが食いわたしにするのは 解体された動物の屍・植物の屍だとしても
殺してしまったことはとりかえせない

殺された動物には 殺された植物には 失われるものは何もないなどと
きめつけるな
その動物は その植物は 生きものではなかったのか
分子・原子……の組み立て模型ではない 生きている何かを
その動物の その植物の 感じている何かを
大気を吸いこみ光に顔を向け水を飲み筋肉を収縮させ茎を風になびかせる何かを
奪いさったのはわたし
痛みをのがれて生きのびようとする その動物 その植物に 痛みをあたえ殺したのは わたし
その動物の血を流し その植物の根をひきちぎり
痛みのはてに殺してしまったのは
分子・原子……にすぎぬものに解体してしまったのは
わたし

殺してしまったことはとりかえせない
わたしがその屍を食いとりこんだなどといっても
わたしも消えていくのだからといっても
わたしが殺した何かは とりかえせない
わたしは人間なのだから赦されているなどと おごるな
わたしはこうするしかなかったから赦してくださいなどとだけは口にするな
わたしと 生きていた動物生きていた植物が 解体したらひとつになるなどと
夢想するな

解体した分子・原子……が遍在しまた何かになるにしても 失われたものはとりかえせない
殺される痛みは消えさりはしない
わたしを形づくっている分子・原子……が解体し解き放たれ遍在し
新しい何かに 動物に 植物に 新しい生命に とりこまれ
その動物が 植物が 生命が 殺されるとき
痛みを感じるのは もう わたしではない

わたしは
わたしが殺される痛みをかみしめることしかできない
赦すことも赦されることもなく



「 鎮魂歌 」( 了 )

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