高畑耕治詩集『海にゆれる』


ほら貝

島では
潮がひくと磯のあちこちに
ちいさな海がひかります
幼い女の子は さかなのように水にはね
ちいさなてのひらいっぱいに
貝や海そうをひろいあつめます
島では
遠い沖から砂浜に
海がめがやってきます
幼い男の子は まっ赤な顔して
海がめをおいかけ砂にころびます

白い胸が 砂丘のようにふくらみはじめたある日
少女はひとり 海にゆきます
白い砂にちいさな足あと てんてんと
波うちぎわに歩いてゆきます
青い波の花が胸をあらうと おなかのしたの
ちいさなふくらみに芽ぶいたやわらかな毛は
海そうのように息づきだします
( 海そうも波間でゆらゆらゆれて…… )
透きとおる水が 瞬間 赤くそまり
ゆらめく海そうのくぼみのやわらかな貝から
はじめての たまごを海にかえします
( 水面をみあげる貝たちも 少女のほんのり赤い貝に
 やさしくあいさつ 赤くそまる…… )

腕と胸が大波のようにもりあがりはじめたある日
少年はひとり 海にゆきます
おい茂る草をかきわけ
磯へむかって走ってゆきます
うちつけ砕ける白いしぶきに飛びこむと
波うつ筋肉はかたくしまり
陽根はたかく首をもたげます
( 幼なじみの海がめも 若く元気な友だちを
 沖で祝福 青くひかる…… )
透きとおる水が 瞬間 白くあわだち
かたいかめのくちびるから
はじめての 精子を海にかえします
( こざかなたちは波間で精子をぱくぱくぱくぱく…… )

少女は海のかおりとふかさをさずかり
少年は波のうごきとちからをさずかり
ある日
ふたり海に かけてゆきます
うちかえす波にあらわれ 女の
ゆたかな乳房に波がゆれ 男の
潮騒のしぶきとうごきにもまれ
貝はみずみずしく潮にみち
海がめは ふかく青い海へ
もぐってゆきます
子宮の海 まどろむ
たまごへ 精子は
泳いでゆきます

真砂のはまべの わらぶき小屋で
ある日女は 綱をにぎり
かにのようにまっ赤な
赤んぼをうみます
( かにはよろこびかちかちかちかち…… )

顔じゅう潮でやけたしわでもみくちゃの
老人はある日 舟にのせられ
沖の青い島へ 送られてゆきます
潮騒が とおい産声 響かせる
ほら貝のほらあなに
しずかに横たわり
沈んでゆく太陽の 黄色いひかりにつつまれます
うごけなくなると
波がむかえにきてくれて
波間でからだはくずれてゆき
貝や海そう 海がめやうお はまべのかににかえります

島では
女の子のてのひらにひかる貝も
男の子のおいかける海がめも
少女の赤い血にそまり
少年の白い精子をあび
海の子宮で
育ってゆきます



「 ほら貝 」( 了 )

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