高畑耕治詩集『愛(かな)


染まらないで

疲れるとひとは笑えなくなると
ごちごち痛むてのひらで覚えたあの日
おじさんいま どうしていますか
やたら忙しかった自動車の組立ライン
まぢかに組み込まれ働いたふたり
話すこともなく 短い休憩時間には
白い煙草のけむりに渋い顔が沈んだ
ぼくがやめるとき
ぽんと肩をたたき初めて
笑ってくれたおじさんの
( おまえならどこへ行っても食えるよ )
言葉でぼくはいま働いています
止められない 遅らせてはいけないと
笑いを忘れて
動かされつづけたあのライン 不況のひとことで
突然止められた あのラインを去り
おじさんどこで 働いていますか
( おじさんならどこへ行っても )


ひとの組織には表情がない
目もない指さきも 笑顔も涙もない

疲れをあらいながす涙を教えてくれたあの子
仕事がうまくいかないからって
悲しまなくていい
かよわない しみこまないこころは
押し返されてあの子の目に浮かんだ
驚き見開かれたいくつもの目
とまどい 困惑し 苛立ち
迷惑から 黙殺へ 色を変え
凍ってしまったいくつもの目
きみの美しい涙も笑顔も 競争には嫌われるから
メロドラマにボロボロ目を泣きはらしても
職場で泣いちゃ 押し殺されちゃいけない
大切なひとだけにつたわるやわらかな言葉を
組織なんかにわたしちゃいけない

組織のひとは表情がない 求めても
詩はない歌はない

組織色に染まらないで
求められるからっぽの つくり笑いを覚えても
ひととひとを
あたためる素肌の
笑顔と涙を失わないで



「 染まらないで 」( 了 )

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