高畑耕治詩集『愛のうたの絵ほん』


うつくしい国


ぼくは祖父を知らない

電話で祖母と久しぶりに話した
さむい夜 足がいとうてやれん
なんども目がさめて いとうてやれんの
なつかしい声が
かなしかった夜 ぼくは眠れずなぜか
祖父の顔をさがした
いまのぼくよりまだ若い
死んだおじいちゃん
従軍壮行会の夜
裏庭でくびれ
笑い者になったひと
ぼくには祖父がわからない
笑わずわかろうとしたひとは
おばあちゃんだけだったのか

地下鉄の軋む音に紛れてきこえた
かっぷくのいい紳士の自信に満ちた会話
朝鮮特需 あれで助かった
よかったよ あのおかげで
この国の現在がある
父はこの国の経済が
驚異的な回復発展を遂げる その
出発点で
酒をのみはじめ
高度経済成長時代に突入する
とともに
酒にのまれ
ぼくがものごころついた頃にはもう
働けなかった
働きつづけた母は
酒に溺れて死んだ父を 最期に涙で
あらった
わからない男を憎み
愛したひとは
おかあさんだけだったのか

のんだくれの父をゆるせなかったぼくは
いま毎晩 のんだくれてる
ぼくはむかし本で
日本兵の残虐行為に憤り
強制連行され殺された炭鉱労働者
従軍慰安婦 売られた貧農の娘さん
からゆきさんの生活を思い涙し
戦争で焼け戦争で
局地的に林立したビルの谷間で
恋人にふられた夜
ジャパゆきさんを
犯した

うつくしい国で
あなたはぼくと出会い
ふたり生きようって
あなたを抱きしめた夜 あなたは
わたしこどもが生まれる気がするの
って笑った

酔いつぶれた親父の顔と
おじいちゃんのくびれた姿に ぼくははじめて
祈った



「 うつくしい国 」( 了 )

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