高畑耕治の詩


あどけない星魂のはなし


 あたし十六、すごいでしょ、二千年に二十歳よ。
 あれから、この星、太陽の周りをもう二千周ね。
 二十歳までに死のうと思った。見わたすといつも、戦争。憎しみと殺し合い。天災人災に呻くひと、飢え傷つき殺されるひとに囲まれながらあたし毎日、生きものを奪って殺して食べてる。
 嫌だったの、けどなんにもできないからたまらなくて、あたしを憎んだ。息ができなくて、食べられなくなった。
 声がしたの、そんなとき・・・・・・

「 そんなに醜いかい? 汚(けが)れてしまっているかい? 」

あたし言わずにいられなかった・・・・・・
「 流され続けてきた、流され続けている血があなたを、染めあげているわ。あなた鏡を見てみたら?
 まるで、血と嘆きと苦しみと涙の、張り裂けそうな赤黒く濁った滴。どうしてあたしに話しかけるの? 」

「 いつも話しかけていたのよ、あなたが聴きとれるようになっただけ。わたしは遥かな時間この闇で黙って回るばかりの星でした。わたしが星の言葉、あなたに伝わる星魂(ほしだま)を知ったのは、あれから― 」

「 あの方がお生まれになり殺された、あの時。あの方はわたしに種子を宿したの。
 星魂は愛(かな)しみの年輪を刻む樹木。見えないつぼみをふくらませ、百年に一度だけ、あの方が香る青紫の花を咲かせるの― 」

「 どんなにひとが憎しみあい殺しあっても、他の生きものを利用し殺しても、星魂の木は枯れない。
 殺された生きものの血はわたしの血に、からだはわたしのからだ、星魂が根ざす地になるから。
 痛めつけられたこころ、壊されたねがいは、星魂の根に吸いあげられ、洗われ、癒され、樹液に溶けてもう一度、うたうの。
 いのちの痛みのうたは、赤黒い血に隠された青紫を鮮やかに蘇らせるひと滴、りんどう色のつぼみを今も少しずつふくらませているわ。
 ほら、聴こえる? 

 いい時代なんてありません、
 国境なんてありません、
 宗派なんてありません、
 種族なんてもうありません、
 絶えないものは、
 涸れないものは、
 愛と祈りの星魂の花

 って、葉がそよいでる。
 わたしは汚されながら洗われているの、あなたの悲しみ、いのちの愛しみに。あなたもわたしもからだは滅びる、でも青紫の花はいつまでも闇に香り続けるわ。 」

 その日あたしは星魂と約束したの、お互いまだ生きましょうって。だからあたし二十歳になっても死なない。
 生まれたばかりのあたしのポチもその頃にはもう大人。ポチとふたりで宇宙色した花を見るんだ。お花見するんだ。見えなくても、ポチならきっと香りがわかるわ。    そしてあたしはポチと、九千九百年に生まれる女の子の百歳の誕生日を祝うの。あれから、お百度の日、西暦一万年のこの星に咲く、美しい青紫の花の滴になって。


「 あどけない星魂のはなし 」( 了 )

TOPページへ

アンソロジーA いのち・かなしみ 目次へ

B 星のこもりうた
目次へ

サイトマップへ

© 2010 Kouji Takabatake All rights reserved.
inserted by FC2 system